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読書会6
読書6.09年12月13日 『愚者のエンドロール』米澤穂信、角川文庫(提案:木本仮名太) 会場:理之貫邸
参加者:七津八、理之貫
 1.作品の魅力について語った。
  キャラクター要素の強い古典部シリーズ、今回はプロットにもその影響が大きく表れていたという話。
  キャラものや青春小説としても楽しめるなんて、すごいぜ米澤さん!みたいな話。千反田かわいいよ千反田。

 2.『ミステリ』をネタにしたミステリについて議論。
  今回は一本のミステリービデオについて延々と議論していく話であった。これは『『ミステリ』をネタにしたミステリ』というタイプの話(最近で有名なのは『名探偵の掟』とか?)。そういうのは面白いよね。というか理之貫が好きなだけ。
  その点で沢木口の「鍵くらいいいじゃん」はポイント。文化祭でやるミステリビデオなんだから、そういうことを言いだす奴がいなくちゃ逆につまらない。ちゃんと分かってるぜ米澤さん!みたいな話。

 3.本格、新本格におけるキャラクターって何だろう?という議論。
  かつては人物が描けていないという決まり文句で批難され続けた本格ミステリの時代。ところがいまや人物を懸命に描くことでキャラ萌え読者の心をつかもうとする新本格の時代なのである、という皮肉めいた言葉がある。
  ミステリを分解すると『謎』『犯人当て』に加え、『名探偵』があるのだと、カルピスで酔った理之貫がえらそうなことを言った。『名探偵』とは事件が起こる話に特化した登場人物である。
  しかし、何も特化すべきなのは解決する役にこだわらなくてもいいんじゃないの?という話。それが新本格のよく言われる『キャラクター性』であると思う。先述したキャラ萌えが新本格の真骨頂ではないし、もしそうなのだとしたら、もう新本格の時代は終わりである。
  『愚者のエンドロール』でもそのきらいはあった。あのビデオを見たのが別の人間で、かつ別の人間関係があったのならばまるで別の話になっていただろう。結局、あの話はビデオを通して、人物を見せていたようにも見えるし。
  でも、もう少し事件の魅力とキャラのそれを一致できなかっただろうか。というか、そうしてくれたら新本格とミステリネタミステリの一致という面白い作品になってたのにね、という愚痴を言う理之貫。でもまあ今のままの方が間口が広がっていいのかなぁという理之貫。

 と偏見の混じりまくった記録書。これだけ読むと僕ばっかりしゃってるようだけど、ちゃんと七津八くんもすごい大事なことや鋭い指摘、作品全体をまとめつつも要所要所に的確な分析をしてたからね。いやむしろ彼の方が立派だったといえる。全力で。

次回課題本(仮)『解夏(げげ)』さだまさし 幻冬舎文庫(提案:七津八)
やるならそろそろ公式行事にしたいなぁ。

>mui様
 激励のお言葉ありがとうございます。
 手さぐりでやり始めた集会ですので、見守ってくださる方がいらっしゃるだけでも非常に心強いです。期待に答えるよう精進していきたいと思います。
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【2009/12/13 17:10】 | 読書会 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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