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Lの図×Death迷図 -L knows this maze-
Lの図×Death迷図 -L knows this maze-
 いつかやってみたかった作品です。
 ちょっとした能力を持った人間との頭脳戦。
 つまり、エキスパートとイレギュラーの話がしたかったのです。今回の話だと、迷路のエキスパートが登場します。そして初めは大迷路で勝負するという完全にエキスパートの話。それを部外者がストーリーも常識も壊してしまうという感じです。
 今回は、理屈と勘の勝負。オチの持って行き方は気に入ってませんが、何か面白いかもしれません。

以下本文です。

Lの図×Death迷図 ‐L knows this maze‐
水銀箱
 可能性は食べられない
例えるならOn the deskのブルースカイ
 絵に描かれた貴方はここにいるのと同じこと


 すっかり冬をやり過ごしたのか、今日の昼は無駄に気温が高いというそんな頃合い。
 そもそも、十姉妹楓(じゅうしまつ かえで)は毅然として言うのである。
「この前、遊園地、買ったから───」
 僕は、電話の向こうの、はきはきした声に耳を傾ける。
「今度、集まるとしたらここにすること。以上」
 用件は早かった。
「それで───」
 以上、と言ったわりにまだ続くらしい。一体、どういう基準で分けているのだろう。
「今度の集まりは、明後日の午前九時にその遊園地の中央門」
 決まっているっぽい。命令ですらもないという。
「勿論、君は他の仲間にもこのことを伝えなくてはいけない」
 彼女にとって僕は何なんだろう? 多分、何でもない気がする。
 長年の付き合い故、彼女がこのまま挨拶も掛け声もなく電話を切ってしまいそうなので、僕はようやく口を開く。
「その遊園地というのは、何というんですか?」
「調べなさい」
「今調べてます」
「よろしい。何がよろしいかと言うと、私に直接訊くなどという度胸をつけたあたりが非常によろしい」
「そのまま褒めるフリをして、自分の脅威を見せつけながら教えないつもりですか?」
「よく分かるのね。人並みの知恵をつけたみたい。正解だわ」
 例によって、このまま電話は切られた。
 本当に、正解だったらしい。

 これは紛れもない同窓会の一種である。
 俄かに信じがたいかもしれないけど、それは事実だ。
 とある田舎に風変りな孤児施設があるのだが、その連中は無駄に同窓会を開く。僕もどうやらそこの出身らしいので、こういうふうな役目を度々背負わされてきた。そして、今回もその一例なのだ。
 凡そ、主催者は十姉妹楓であることが多い。彼女は、自前の鬼才っぷりを発揮し、商業分野で大成功を起こして若き女社長となった大先輩である。彼女自身は滅多なことがない限り同窓会そのものには姿を見せない。しかし、質の悪いことに、今回のように、勝手に企画し、しかも強制するのだった。
 そして、毎回、僕は何人集めたかを五段階評価される。
上から『有像無像』、『使えない』、『駄目人間』、『底辺』、『今回の件で詳しい話があるからちょっと来い』。僕は今度こそ『駄目人間』になるためにできるだけ多くの人間を収集しないといけない。
 まず、同じ大学に通う一つ下の後輩に電話する。彼女も施設出身者だ。
「ねえ、メガ」
 メガというのは彼女の愛称だ。本名を莨谷(たばこだに)めがみという。
「何ですか?」
「君には可能性が掛っている」
「は?」
「そんな君は先月、期末テストという名の戦場を切り抜けた暁には、どこか遊びに連れて行ってくれと口癖のように言ってたね」
「言ってましたか?」
「言ってましたとも」
「で、一体何が言いたいんですか?」
「君のまっすぐな瞳はまるで遊園地のようだった」
「はいはい」
「君は凄い勢いで遊園地だったのだ」
「それはいいですから、早く本題に入ってくださいよ」
「というわけで、遊園地とか行く気はないかい?」
「ああ、例の同窓会ですか」
 ばればれ。
 毎度、碌なことにならないこの同窓会を敬遠するかもしれないが、心優しい彼女は、二つ返事で承諾してくれた。一ポイント、ゲット。
 次に、また同じ大学に通う同級生に電話をする。彼女の名前は白拍子(しらびょうし)ありか。
「時間は常に強欲だと信じる君よ」
「アタシ、時間より空間の方が強欲だと思うんだけど」
「そんな君は去年、バイトの休みがないと苦しんだ挙句、どこか遊びに連れて行ってほしいと口癖のように言ってたね」
「違うわ。私の口癖は、『すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』よ」
「遊園地とか行く気はないかな?」
「座右の銘は『国会の常会は、毎年一回これを招集する』だわ」
「集合時間は午前九時。これに来ないと君の価値が減るからね」
「アタシ、空間よりアンタの方が強欲な気がしてきたんだけど」
 多分、ニポイントゲット。
 それから、とある先輩に僕は電話する。電車で一時間程度の場所に住む彼女とはわりと今でもコンタクトを取っているので期待できる。名前は、小鳥野澄香(ことりの すみか)。
「あ、先輩。実はですね───」
「あ、ひょっとして、同窓会の話でしょ?」
 先輩は嬉々として言う。
「明日? 明後日? おーけー、参加するよぉ」
 ああ、話が楽だ。三ポイントゲット。
この後、僕は『仏の顔は三度まで』という諺を思い知らされることになる。今度から、これを口癖にしようか。
そして当日。
 今回の開催場所はアミューズメントパーク『ベリリウムドーム』だ。明後日だという急な計画に答えられたのは、僕を入れて六人だけだった。十分な人数だろう。
 取り敢えず、集まってみた六人。
 場所は、ただの中央門である。
───集まったはいいけど、と話を切り出したのは、ありかだった。
「一体、何をどうしろというのかしら?」
「分かりませんが、取り敢えず、この遊園地で遊べばいいんではないでしょうか?」
 とメガは答える。
「それはそうと」僕は言う。「君は、予定が合わなかったんじゃなかったっけ?」
 ここで言う『君』とは、角南(すなみ)えりな、のことを指す。彼女はメガと同級で、それでいて予定が合わないと答えたのだ。
「いえいえ、私は予定を変更してここにやってきたのです!」と胸を張って言う。
「追試があったんでしょ、今日」
「きちっと抜け出してきましたとも。磨葉先輩のアポを私が断るわけないでしょう。例え、火の中、プールの中、サウナの中でも飛び込みましょう!」
 これが五人目。因みに、『磨葉』というのは僕のことだ。 
 最後の六人目は、相模城太郎(さがみ じょうたろう)。ただの鍵コレクター。あんまり賢い人間じゃないから、敢えて連絡しなかったのに───あ、ごめーん。私、彼に言っちゃったわ───という澄香先輩の行動でここに来た。彼を呼ぶくらいなら僕は『底辺』でも良かったのだ。
 取り敢えず、相模の第一声は
「まったく、先輩ともあろう人が、僕に連絡するのを忘れるなんて」
 自覚がないあたりが手ごわい。
「まあまあ、せっかく遊園地来たんだから、早く入ろうよ」
 と飄々とした声を発するのは澄香先輩。一番、この状況を楽しんでいる。
「そ、れ、に」と彼女は続ける。「ぢつは、私、目星が付いてるのよ」
 そうなのだ。
 そもそも、この同窓会で大事なことは、目星を付けること。
 そもそも、あの傍若無人な主催者は、毎度、何らかの仕掛けを組み込んでいる。恐らく、買い取ったこの遊園地のどこかに仕掛けがあるのだ。
「さすが、先輩。風上にも置けます」とえりなは調子良くはしゃぐ。安い人間なのだ。
「それは、何なんですか?」メガは静かに尋ねる。
「それはねぇ、最近新しく完成したっていうデス迷図だよ。うん、これに間違いないよねぇ」
「ですめいず?」
「ああ、大迷路の名前よ」とありかは言う。「その難易度は海外でも通用するくらいの本格迷路よ」
「なるほど」メガは言う。「楓先輩が悪戯をするなら絶好のステージですね。そもそも、完成した途端に私たちが呼ばれたというあたり怪しいですね」
「しかし、同時に安直過ぎる気がするわ。先輩ならもっと凝った仕掛けを考えるはず」
「灯台下暗しって言いますし」
「でも、疑わしきは罰せずとも言う」僕は言う。
「世の中には『まさか』という坂があるのです」
「木の葉は森に隠せっていいますよ!」
 何か違うことをいう角南であった。
「でもね」と嬉しそうに言う澄香先輩。「どうせなら、うんと楽しんでから、デス迷図に行こうねっ」
 どうやら、先輩の中では決定事項らしい。

 それから遊園地の各所を回る。
 ジェットコースター。僕は落ちたら危ないからと言って見学した。
 観覧車。僕は観覧車を観覧するからと言って見学する。
お化け屋敷。僕は外で結界を張ってるからと言って中に入らなかった。
バンジージャンプ。飛び降り自殺する楽しみが減るからといって僕は近くで見ていた。
コーヒーカップ。僕は砂糖がないと飲めないからといって皆の荷物持ち。
ゴーカート。僕は無免許なので、と言って諦める。
空中ブランコ。ほら見て、あれが世界のすべてだよと言って乗らない。
「先輩、全然乗らないじゃないですか」メガは言う。
「僕は二の付く日は、乗り物に乗らないと決めたんだ」
「お化け屋敷って乗り物かなぁ?」
「ま、アンタがビビりなのは今に始まったことじゃないわ」
「違うのです。先輩は、用心深い人なのですよ!」
「こんなんじゃ、デス迷図には入れないんじゃない?」
 ありかは僕を揶揄するようにそう言った。
「でも、所詮は迷路でしょ?」僕は言う。
「ふん」彼女は鼻で笑う。「馬鹿にしちゃダメよ。なんたって、ゴールに辿り着けるのは、ほんの一握りなの」
「残りは? 中で餓死?」
「流石、デス迷図っ!」
「違う」ありかは続ける。「参加者はギブアップボタンを渡されるの。そして、制限時間が五時間。ボタンにね、タイマーが付いているのよ。もし五時間経ったら、係りの人が来て、強制終了」
「でも、係りの人は迷わないんだよね」
「係りの人は自分に発信器を付けて、デジタルマップを持っているから」
 何か釈然としない話だ。
「係りの人ってそう簡単にやって来れるものなの? つまり、攻略のための時間というのは大してかからないの?」
 マップがあれば簡単にクリアできる程度の迷路なのか?
「違うわ。迷路の中央に館があるの。そこに係りの人が待機してるのよ。タイムアップした人はその館の地下を使って外に出るという理屈。そもそもこれはゴールを楽しむんじゃなくて、迷うのを楽しむゲームなのよ」
 つまり、最大五時間まで迷いを楽しめるというのが前提らしい。
「何だか、面白そうですね」メガは言う。
「まだゴールした人はいないんだって」
澄香先輩は身を乗り出して言った。
もしや、この人、ただこれを楽しみたいために、ここに仕掛けがあると言い始めたのかもしれない。
小鳥野澄香という人は、そもそも迷路のエキスパートの人だ。どんな迷路でも難なくこなしてきた。
彼女の最大の武器は『勘』だった。
彼女は異常なまでに鋭い勘の持ち主なのだ。
「ねぇ」
 とありかは僕を正面から見て、そして言う。
「どうせなら勝負しない?」
「どういう?」
「この迷路はチーム参加が可能なの。丁度偶数だから、二人一組っていうのはどう? 二人チームが三つ。最初にゴールしたチームが勝ち」
「そういうことは無意識に意識することだから、別に勝負にしなくてもいいんじゃないかな?」
「勝ったチームは他のチームに好きな命令が一つだけできるという特権付き」
 考えていることが大体分かった。
 彼女は、取り敢えず澄香先輩と組んで勝負に勝利し、それで僕にジェットコースターだのお化け屋敷だの入れさせるつもりなのだろう。
 となると、負けるわけにもいかないのも、これまた道理。
 僕は、そんなことを漠然と考えた。

 ありかの説明は大体正しかったわけだが、実際のデス迷図は遙かに大規模だった。迷路自体の大きさは、凡そ想像の反中なのだが、設備やディティールが無駄に凝っていて、そして豪華だった。
 そもそも、入口という入口はない。
 説明にあった通り、迷路の中央に館があるらしく、そして、そこで迷路の中と外が地下で繋がっている。入口となる場所もそこだった。つまり、この迷路は地下を潜って中央からスタートするという。
要するに───とメガは口を開いた。
「スタート時点では、どの方向にゴールがあるかすら分からないというわけですね」
 因みに、ゴールの条件として、唯一無二であり、また中央の館は除かれている。
 結局、チームは以下のように決定した。
 澄香先輩、ありかチーム。
 僕と、メガチーム。
 えりなと相模チーム。
 最後のチームは問題外として、要するに、ありかのチームよりも先にゴールすれば勝ちとなるわけだ。
「あ、私たちはこっちみたいですね」
 実際に、館に入ると、館がLの字型であることに気付く。確かに、迷路に入る前に館の配置図が掲示されてあるのを見た。館の両端からスタートになるらしい。全くをもって、奇妙な館だ。
 尤も、一番奇妙であるその理由は、この館がランダムに回転しているということ。
 回転の方向は途中で変わったり、つまり、回転が止まったりするのだという。とにかく、スタート地点を分からなくする術なのだろう。そして、前の組がスタートしてから数分してから、次の組がスタートするという徹底ぶり。これが予想以上の大規模さだった。
 ともあれ、あれこれと考えている始末に、いよいよ僕らのチームのスタートとなった。
 どうぞ───というエレベーターガールのようなガイドのお姉さんの指示に従って、早速、メガと共に迷路に身を乗り出した。
 扉を抜けると、もう迷路の中だった。
 後ろの扉が閉まる。
「さあ、先輩。動かないと始まりませんよ。時間は五時間しかないんです」
 僕は取り敢えず、辺りを見回してみる。
 三メートル程の高さの塀が続いている。目の前はすぐに分かれ道だった。
「この勝負に負けないためには」僕は言う。「五時間で成すべきことをしないといけない。これは駆け引きなんだ」
「言ってることがよく分かりませんが、足を進めましょう。大迷路というのは運がすべてですよ」
「いや、勘がすべてだよ」
「勘と運の違いは何ですか?」
「運は結果から生まれる。但し、勘は判断力だよ」
「判断力ですか」
「じゃあメガ、問題だ。僕らの前の組は女学生三人だったが、中央にいた子のハンドバックの色は何色だった?」
「覚えてませんねぇ。というか、散々、私が話しかけてたのを無視して、そんな所見てたんですか?」
「見てたんだよ。そんなことより、答えは?」
「覚えてません。寧ろ、見たかどうかすら怪しい限りです」
「見た。彼女達とは二メートルと離れていなかった。君は見たけど、見落としたんだ」
「まあ、そういうことになるでしょうね」
「つまり、答えとなるところのハンドバックの色は、君の頭脳に一旦、入って、そして通過してしまった。答えるには、その情報はあまりに曖昧模糊となってしまっている」
「なるほど」
「だが、勘のいい人間は、確信こそはないものの、答えがアイボリーであると答えるかもしれない」
「何が言いたいんです?」
「つまり、勘とは、人間の潜在的かつ総合的にして帰納でありながらも無意識な判断力なんだよ」
「としますと」
「人間は膨大な情報網の中に生きている。その中の些細で微小ながらも重大な情報を無意識にピックアップする力。これ即ち、勘の一種だよ」
「これに一理あるとしますと、つまるところ、勘の鋭い澄香先輩は総合的潜在的判断力の持ち主である、というわけですか」
「じゃんけん、ぽん」
 と、僕は不意打ちでジャンケンをする。
 メガは思わず、チョキを出してくれた。
 僕はグーを出したので、僕の勝ち。
「これも勘の一例だ。君は何も考えずにジャンケンをするとチョキを出すという癖がある」
「───そうだったんですか」
「もし、これを僕が意識していなかったとすれば、僕は直感的に『グーを出せばメガに勝てる』という法則を感じ取っていたんだよ。なぜかグループ分けのジャンケンで同じペアばかりになることは珍しくない」
「そういうものですか」
「意識の働かない法則。夕立の前の涼しい風。昔の人は意識せずに勘で夕立の襲来を当てたに違いない」
「風邪の引き始めとかですか。体が変に冷えると熱が出る。燕が低い場所を飛ぶと雨が降る。なんか、迷信になってきました」
「もっと複雑で、しかし至ってスマートなケースもある。例えば、毎週、ある会議で集まるとする。早めに会議室に行くが、なぜか勘で『中にA君が一人でいる』と当ててしまう」
「まあ、そういう時ってありますよね」
「勘なんだよ。調べてみると、会議の集まる日、会議メンバーの中で、午前中で授業が終わるのは彼だけだった。つまり、彼が早めに会議室に現れる可能性が高かった。こういう理屈かもしれない」
「こうなれば勘じゃなくなるんですね」
「なくなる。ただの確率の話に移り変わる。もっと多彩なことも可能だよ。かの有名なFBI。彼らは時にプロファイリングを行うという」
「ああ、知ってますよ。帰納的な捜査方法でしょう。今までの膨大なデータをもとに犯人を当てるという画期的な手段です」
「例えば、彼らのプロファイリングの中には、次のような法則がある。『四角四面な人間は、筋肉質な人間だ』という」
「本当ですか?」
「本当も嘘もない。だって『勘』なんだよ。例えば、電気のスイッチの指紋を拭いたかどうか気になって、現場に戻ってくる犯人が、筋肉質だったという事実が多いから、ただそれだけの法則だよ」
「統計学ですか?」
「違うね。統計学は『多くの場合に当てはまること』と『事実となる根拠』の両方が必要だ。この場合、後者が欠落している。それゆえ、勘なんだよね」
「もし、これを意識せずに感覚で知っているのなら、犯人の特徴を、犯人の行動を知っただけで言い当ててしまうんですね」
「そう。なんのプロセスもなく、根拠を知らないだけに、飛躍的に答えに辿り着く。これが勘だ」
 僕がそう言ったところで、後ろの扉が開く。別の組が通り過ぎて行く。
「そろそろ、出発しませんか?」
「いや、話はここからだよ。迷路は勘なんだよ」
「といいますと?」
「例えば、あの分かれ道、あれをどちらに行くかが既に勘だ」
「そんなの無理ですよ」
「例え、Lの字館が回転していようと、澄香先輩なら自分がどれだけ回転しているかを勘で当てることができる」
「できるんですか?」
「回転していても、振動は伝わるし、慣性力もある。もっと別の些細で瑣末な情報を無意識に根拠として当てるだろう。あの人はそういう人だよ」
 思えば、電話の時も、簡単に僕の用件を言い当てた。
「自分が歩いた距離も漠然と記憶できるし、方向感覚が狂うこともない。東西南北は外さないし、一時間歩いた後に、スタート地点からどの方向にどれだけ離れた地点にいるかが分かる」
 だから、彼女は迷路なんかで迷わない。
 適当に歩いても、迷路の地図を頭の中で構築でき、最も確率の高いように行動できる。
 僕が相手にしているのは、そういう人間なのだ。
「それなら、勝てるはずないですねぇ」メガは言う。「先輩にできることは、ネチネチと理屈を捏ねることだけです」
「そう。それだけ」
「現に、私たち、まだ一歩も進んでませんし」
「でも、理屈で、勘に勝たなくてはいけない。これは駆け引きなんだよね」
「で、どうするんですか?」
「まず、あれを見てほしい」
 僕は少し離れた場所にある塔を指して言った。
「塔───ですか」
「塔。そして、さっきから塔の窓に人影が偶に映っていた。つまり、僕らもきっとあそこに行けるんだよ」
「すると、迷路の全体像が分かるというわけですね」
「そういうわけ。よもや、ゴールが見えるかもしれない。今、ゴールの方角すら分からないのなら、つまり、闇雲に進むのならば、あそこを目指すのも悪くない」
「成程。善は急げです。出発しましょう」
 ───因みに、と、メガはもう一言、付け加えた。
「後学のために訊きますが、あの塔を目指す理由は、本当にそれだけですか?」

***
 ただただ、只管に鍵を集めるのが趣味だという相模城太郎が言うことは至ってはっきりとしていた。
「迷路には絶対の法則があるんだ」
 迷路開始、即座に彼はそう言った。
「あぁあ、なんでこんなチームになったんだろ」とえりなは言う。「これじゃ、わざわざ遊園地まで来た意味ないなぁ」
「ここは一番にゴールして、見返してやろう」
「───そもそもゴールできるかどうか」
「とにかく、こう見えても迷路は得意なんだ」
「───今頃、磨葉先輩たちは何をしてるんだろ?」
「聞いてる?」
「敢えて、無視しているのですが、何か?」
「いいかい。迷路というのは、ずっと右の壁に沿って歩けば、絶対にゴールできるんだよ」
「───一体、何時間かかるのやら」
「五時間もあれば十分だろう」
「この人と別行動しようかなぁ」
「迷路で一番怖いのは遭難だ。とにかく、はぐれないように手を繋ごう」
「ヤです」
「食糧も準備万端」
「飲食禁止だって」
「暖房対策もばっちり」
「雪山ですか、ここは」
「トランシーバーもある」
「ああ、携帯電話のことですか」えりなは言う。「でも、ここアンテナ立たないんスよ」
「連絡はモールス信号で」
「なんで、傍にいる奴とモールス信号で連絡取るんスか?」
「君にはこの武器を」
「この携帯ストラップ『ぴっきーちゃん』で何ができるんですか?」
「さあ、出発しよう!」
 と言って、彼は右の壁に沿って行動する。
 えりなは、深いため息を吐いた。
***
 正直、当初の計画通りだったとはいえ、この迷いもない行動に白拍子ありかは驚かされていた。
「先輩、迷わないんですか?」
「え?」澄香先輩は足を進めながら言う。「こんなの適当だよ」
 まず、迷路開始してすぐに彼女はこう言った。
 ───あの塔を目指そうよ。
 確かに道理である。迷路を俯瞰できれば、攻略も立てられる。ゴールの方向が分かるだけでも楽になるのだ。
 そして、塔を目指して数分。
 ありかは、ただ迷いを一切見せない先輩の後をついて行っただけだが、塔の間近まで来ていた。
 ───この人は、どういう理屈で迷わないのかしら。
 ありかは疑問に思う。と同時に、無駄に理屈っぽい友人の顔を彷彿する。あいつなら、通例通り理路整然と理屈を通してしまうかもしれない。至って、無駄なことかもしれないけど。
「もう近くですね」
「まだよ」先輩は即答した。「これ、大きく回り道しないとたどり着けないみたいよ。ほら」
 と彼女は左手で壁をノックする。
「この向こう側がさっきいた場所。ぐるりと回ってるわけなのよね、これ」
「えっと、スタート地点は───」
「あっち」指を指す。「だって、扉が開く音とかあっちから聞こえるでしょう? つまり、大きくSの字に私たちは動いてるのよぉ」
 と言う。この先輩は記憶力がいいのか、はたまた、人知を超えた方向感覚の持ち主なのか。ありかはそう思う。どっちにしても、この勝負で負ける気がしなかった。どうやら、先輩の勘の強さは本物だ。屁理屈を並べたところで、一切の過程を飛び越えることのできる勘に勝てるはずがないのだ。
 そもそも、勘で、ゴールの場所くらい分かっているかもしれない。
「先輩、この迷路のゴールってどの辺でしょうね?」
「さあ?」いつだって、この人には、確信はない。「でも、楓さんが一押しするくらいなんだから一筋縄ではいかないよね。楽しみだわぁ」
「ゴールがない、だなんてないかしら?」
「うーん、アリかも───あ、それってゴールの条件に反してるよ。それは反則ね」
 どうにもこうにも、頭を使ってないように見える先輩だ。
 しかし、それにしても単調な迷路である。
 もし、先輩と一緒じゃなかったら、この迷路に飽きていたかもしれない。やはり、友人と駄弁りながら、進む迷路なのかもしれない。
 そんなことを考えていると、次の曲がり角で、予期せぬことが起こる。
 大したことはない。ただ単に、

***
 ただ単に、ありかのチームと遭遇しただけの話。
 つまり、塔の近くに、澄香先輩、ありか、僕とメガの四人が集まったいうわけだ。
「あ、磨葉くん」
 別に驚いた風でもなく、澄香先輩は言う。
「磨葉くんも、あの塔に行ってるんだよね?」
「当面はそのつもりでした」僕は言う。
「ふうん。こんな広い迷路なのに───」
とありかは不満げに言う。きっと僕のチームと行動パターンが一緒だったのが気に召さなかったのだろう。
「ついてこないでよ」と彼女は言った。「さ、こんなの放っといて行きましょ」
「先輩、よかったですね」とメガはこっそりと言う。
「まあね」
 僕の目的は、そもそも、このチームと遭遇することにあった。この二人に、正確に言うと、澄香先輩について行くだけで、ゴールの間近まで辿り着ける。ルール違反ではない。
 こうして、ありかの白い目線を感じながらも、例の塔に到着することになる。
 塔は細く、天井に高く伸びている。中は迷路ではなく、ただの螺旋階段だった。そして、頂上の眺めは、鬱蒼と茂るような複雑な迷路を一網打尽に見下ろせられる。爽快だ。
「うーん、ゴールないなぁ」と先輩は言う。
「あれが、スタート地点のLの字館だよね」
 しかし、逆にうんざりするような構図でもあった。わりとこの塔は館の近くにあったわけで、向こう側にその何倍もの面積の空間が広がっている。今まで動いた場所なんてかなり小規模だったわけである。
「あの辺なんか、人が集まってるように見えますよ?」
「あっ、あんなトコに広場なんかあるのね」
「あっちにも塔があるんですね」
 かなり詳細で、それだけに複雑極まる迷路の構図。けれども、この勘の強い先輩なら、漠然とこの風景をすべてインプットすることが可能だろう。───ほら、あの時、こうなってた気がするから───と言ってのけるのだ。
 確かに、それらしい手がかりはないが、同時に、澄香先輩は、凡そ、迷路の見取り図を手に入れたのと同義だ。
「そろそろ、出発しませんか?」とありかは言う。
「そーねー。見てても仕方ないよね」
「いい?」今度は、ありかは僕に向かって言う。「これから別行動ね。ついて来ちゃ駄目よ」
「君たちが僕の前を歩いてるだけだよ」
「ああ、もうッ! ああ言えばこう言う。アンタみたいなのは大っ嫌い」
「自分もそう変わらないよ」
「そもそも、」という反論は、
───あれ?
という澄香先輩の声で搔き消された。
「どうしたんです?」
「ちょっと、ちょっとぉ、」
 彼女は小さく手招きをして、そして、Lの字館を指さす。つられるまま、僕らはそれを見る。
「何か、様子、変だよ」
 Lの字館はランダムに回転していたが、確かに、今までとは違って注意を注がれるに値するくらい変な動きをしていた。ブルブルと振動するような。それでいて、かなりぎこちない。
「故障かな?」
 次の瞬間。
 一室の窓が割れた。
 Lの字だから、片方側の直線の建物のうち、その中央当たりの窓が内側から勢いよく割られたのだ。
 ガラスの破片が勢いよく飛ぶ。
「え? ええ?」
「何が起こったの?」
「あっ、私、双眼鏡、持ってます!」
メガは小さなリュックから双眼鏡を出す。
「どんな感じなの?」ありかは館から目を離さずに言う。
「た、大変ですっ!」
 百聞は一見にしかず。
 是か非かは定かではないが、少なくとも、双眼鏡を渡されたら見るしかない。
 大したことはない。ただ単に、
 人間が一人ばかり、部屋の壁に、大きな杭で刺さっている。
 どんな顔をしていたか?
 顔なんて見えなかった。
 だって、そもそも顔全体に杭が刺さっている。
 壁には、血文字で
 ───Death Maze───とか書かれていたくらい。
 ただそういう部屋だった。
「え? 何これ?」とありかは、渡された双眼鏡を目に当てながらそう言う。
「うーん、怖いことになってるねぇ」
「どうする?」僕は言う。
「とにかく、Lの字館に戻りましょう! スタッフに知らせるべきです!」
 彼女がそう言うのなら、多分、それが普通の反応だろう。
 僕らは、彼女の提案に従った。

***
「慌てることはない」
「これが落ち着いてられますかっ!」
 と、えりなは叫んだ。
「さっきから同じトコをグルグル回ってるだけですよ!」
「それは錯覚だ。だって、僕らはずっと右の壁に沿って───」
「ああ! もう、この人、アホの人だ、知ってたけど。ここの右壁は円上になってるんですよ。あの道を行くしかないんス! 気付いてぇー!」
「駄目駄目。そうやって素人は迷うんだ。ちゃんと右壁に沿って進めば───」
「助けてぇー!」

***
 結論から言うと
 Lの字館には、一切、異変はなかった。
 メガの言う通り、スタッフに調べてもらったが、例の部屋は通常通りだった。
窓が割れた部屋があったのはLの字の、縦の棒の部分だ。つまり、左に曲がる角が見える方の部分にある部屋である。そして、異変を知るためには、館全体を捜査するまでもなく、例の部屋のみ確認すれば済むことだった。実際に、一般人でも入れる許可の得られた部屋は、すべて確認させてもらったが、杭に刺された人間どころか、窓ガラスの割れている部屋などない。流石に、証拠もなく、全部屋をチェックするのは不可能だったが。






















あれから
澄香先輩の誘導の元、館には数分で辿り着く。
 その数分間で、窓ガラスを修復して、現場を元通りにできるだろうか? 今回は、そういうハウダニットなのである。
 
「それは、おかしな話ですね」と先ほどのエレベーターガールガイドは言う。一部始終の話を聞いてもらったのだ「一体、何が起こったんでしょうか?」
「それは問題ありません」僕は言う。
「分かったんですか?」
「ええ。間違いなく」
 そして、続けて言う。
「お騒がせして、すみません」
 僕はまた、館から迷路に出た。
 実は、急に四人で押し掛けるのも頭が良くないと思い、代表で僕だけが館に入ったのである。
「やっぱり、さっきの仮説が正しいみたいだね」
 僕はすぐにそう言った。迷路で待っていた三人に。
「そっか。ああ、びっくりしちゃった」
「しかし、館に辿り着くまでの数分で仮説を思いつくなんて、流石というか、相変わらず、理屈馬鹿な奴ね」
 ありかは呆れたようにそう言った。
 というのも
館に着くまでの間。数分にして、僕らはこの状況を読んでいたのだ。
 まず、澄香先輩は、あのとき、塔を下りながらこう言った。
 ───きっと、これが楓さんの仕組んだイタズラじゃないかなぁ?
 ───きっと、そうでしょうね。
 と僕はそう言った。そもそも現場の壁に『Death Maze』と血文字で書く必然性がない。明らかに犯行声明である。
 ───じゃあ、さっきの死体は偽物ってことね。
 ありかも同感だった。メガも異存がないようだ。
 ───でも、これだけじゃ、イタズラにはならないよね。
 先輩の言う通りである。
 ───きっとね、これ、私の勘なんだけど、多分、あの死体が消えるんじゃないかな?
 先輩の勘なら正しいだろう。
 ───それなら、
 僕は寧ろ、即答してみせた。
 ───簡単に理屈が通ります。
 こうして、僕は館に着くまでに、ある一つの仮説を述べたのだ。
 つまり、この館を調べたのは、飽くまで確認であり、到着前にはもう、疑問はなくなっていた。
 その仮説が、Lの字館が回転していた、というものだった。
 この仮説は、他の三人にも支持され、真実だと強く思われた。そして、確認のために調べたところ、矛盾がなかったというわけなのである。
「証拠となるあの部屋は、確かに立入禁止だったよ」
窓ガラスの割れた部屋は調べたが、正常だった。
 今回のトリックの証拠となる部屋は、予め、立入禁止だったのだ。僕の確認作業の醍醐味は、凡そ、このためだったともいえる。
 そして、現段階で、この一件が、十姉妹楓の悪戯であり、一部のスタッフの協力の元、成立している騙しなのだと判断がついた。
「こうもあっさりいったのは」とありかは余裕を見せて言う。「偏に、澄香先輩のおかげです」
 彼女の誘導は、数分で館につくことを現実のものとした。大儀なのである。
しかしねぇ、と澄香先輩は謙虚にもこう言うのだ。
「まさか、Lの字館が回転するだけで、こんな事が可能だったなんて、お姉さん、びっくりだよ」
「まあ、一時は冷や冷やしましたけど、解決したからには迷路を再開しましょう」
 メガがそう言うのなら、それが一般的な行動なのだろう。従わない術はない。

***
「思うんだが」
「まだ、何か頭の悪いことを思いついたんスね」
 えりなは、ため息混じりに言う。
「入口と出口は繋がってるんだ」
「はあ───追試行けばよかった」
「だから、風が通過するんだよ。つまり、風が通過している道が出口への道なんだ」
「アノデスネ、入口は地下だったんだから、風は通過しないでしょう?」
「そうと決まれば、コレ」
 彼は、ニワトリの模型が付いた風車を出す。よく、屋根の上なんかで風向きを向く、アレ。
「これの向く方向が出口だ」
「もはや、ダウジングと同じレヴェルっス」

***
 数時間、ひたすらに迷路を駆け巡ったわけでもなく、その場に留まり、深謀遠慮を巡らしたわけでもなく、ただ同じ行動を続けていたのみだった。
「ねえ、先輩」
 メガはひそひそと言う。ジッと前を見つめながら。
「本当にこんなことをしてて、ゴールに辿りつけるんでしょうか?」
「得てしてね」
 僕は、即答する。
 やはり、ジッと前を見つめながら。
 正確には、前ではなく、ありかと澄香先輩であった。
 館を離れ、再び、勝負の幕は切って落とされた。別行動の開始合図でもある。
 それで、僕らのチームが一途に取ってきた行動が、尾行だった。追跡、と言った方が格好いいかもしれない。監視というと少し違う。追っかけでは、決してない。
「だって、僕らだけでゴールできる保証がない」
「保証、ですか?」
「そう。僕らがゴールできるというセオリーがないんだよ。策無しで行動しろというのか?」
「ただのビビりですか?」
「僕は純粋にビビりなのではない。理屈さえ通っていれば、怖いものなどなにもない」
「威張ってるつもりですか?」
「真のビビりとは、この世に存在しうるそのすべてに、その他遍く森羅万象に恐怖の念を抱き、はたまた恐れ縮込まる者をいうんだ」
「大体、先輩がこんなに頑張る動機は、ジェットコースターやお化け屋敷に入らないためでしょう?」
「ジェットコースターでなぜに事故らないという確信が持てる? お化け屋敷のお化け役が調子に乗って、セクハラや軽犯罪をしでかさないという保証がどこにある?」
「そろそろ苦しい言い訳になってきたところで悪いんですが、こうも尾行を続ける理由は何ですか?」
「尾行しないメリットはない」
「はいはい。でも、それだけなんです?」
「そして、澄香先輩は、百パーセント、ゴールする」
「百パーセントですか?」
「百パーセント。ただし、僕らが尾行していないとする時に限る」
「まあ、澄香先輩ならそうかもしれません」
「そもそも、彼女。僕なんかが出しゃばらなくても、例の事件は解いていた」
「まあ、そうでしょうね」
「彼女は、館に異変を観測した瞬間に、例の鋭すぎる勘で、数十通りの可能性から、最も有力な仮説を導き出したはずだ。そして、彼女の場合、それは百パーセント正しい」
「はあ、そういうものなんですか?」
「そういうものなの。彼女が疑問に思えば、答えは勘ですぐに分かる。そういう能力の持ち主だと思えばいい」
「無敵ですね」
「無敵じゃあない。所詮は、勘なんだよ」
「所詮とはいいますが、勝算はあるんですか? つまり、澄香先輩の場合、ゴールはどの辺りだろうと疑問に思えば、その答えが分かるわけでしょう?」
「そうだね。しかし、勝算もある。それが尾行だよ」
「あ、分りました。出口を見つけた瞬間に追いかけっこして、先に出口を抜けるんですね。セコいです。ルール違反じゃないけど、心が狭い」
「それは奥の手だ」
「本当にするつもりだったんですか」
「因みに、相手のギブアップボタンを奪って、勝手に押すというのが、最終手段」
「寧ろ、心が腐ってますが」
「でも、僕はもっと理屈っぽいことを考えている」
「どれだけ鬼畜なことを考えてるんですか?」
「例えば、メガ」
 僕は、迷路の壁に身を隠しつつ言う。
「勘に弱点があるとすれば、何だと思う?」
「安定しないってことですか? 勘は百パーセントじゃないんです」
「でも、彼女の勘は百パーセントであり、オート起動する」
 そういうと、メガは反論するでもなく、黙りこくる。
 新しい論を練っているのか、あるいは、漠然と感じられる『何か』を言葉に変換しているのか。
 暫くして、彼女は口を開いた。より一層、声調を落として。
「どうも、勘は安定しないと思うんですよ。さっきの意見とは違う意味で言っているんですが、うまく具現できません」
「そう。勘は安定しない。しかし、彼女はそれでも当ててしまう。外せられない」
「例えば、プロセスが意識できない、というのですか?」
「そうともいえる。逆にいえば、プロセスを知らないから、安定しない」
「つまり、勘は一部始終をもって不安定である、わけですね?」
「それは間違い。勘は正解した瞬間に安定する。初めて、地に着く」
「なるほど」メガは分かったように微笑む。「取りも直さず、分かるまで安定しない、というのが弱点ですね?」
「分かった途端に安定する、というのが弱点なんだよ」
 僕はそういって、ありかチームから目を離し、無駄に理屈っぽい論争繰り広げる後輩に目をやった。
 彼女は、分かったような分らないような顔をして、くりりと目を動かす。
「分かったようで分からない気分です」
「それは分かっていないという」
「分かったものの、体に身についていないんです」
「それを分かっていないというんだよ」
 そして
 丁度、そのとき
 獲物が、こんなことを言い始めた。
「可笑しいなあ。この辺に出口があるはずなんだよね」
 澄香先輩である。
「やっぱり、あの道を右に曲がればよかったのかしら?」
 ありかは自問自答しているようだ。
「うんうん。そしたら、前に通った道に出るって。いーい? 出口は迷路の端にあるんだよ?」
「そうですか?」
「そうよ。正方形の迷路なら四辺のどれかに出口があるの。今回は円状の迷路だから、円に接するところに出口があるの。右に曲がってたら、また円の内側に向かってたわよぉ」
「そうですけど、言わば、入口は地下にあったわけです。出口も地下への出口だったならば、端に接する必然性はありません」
「あ、頭いい、ソレ。てんさーい!」
「でも、迷路の周りに、地下からの出口なんてなかったし。地下からの通路はLの字館のみよね。そして、その館は出口の条件に入らない」
「そうかもねぇ。地下への出口っての、なんかハズレっぽい気がする。ただの勘だけどねっ」
「仕方ありませんね。もう少し、うろついてみましょうか?」
「あ」
「え?」
「分かっちゃったかも」
「はい?」
「うんうん、きっとそうよね。楓さんのイタズラ付きの迷路だもんねぇ。これっくらいズルいゴールなのかもしれないわ」
「何か気付いたんですか?」
「うん。ここが出口よ。まあ、いつもの勘なんだけどさ」
 それなら百パーセント、正しいだろう。
 でもそれは、不安定なままなのだ。

***
「というわけで」
「どういうわけですぅ?」
 とえりなはジト目で相模を睨む。
「持物を捨てよう」
「人間は長時間、こんな迷路にいると気が狂うらしいです。気をつけましょう、皆さん」
「ヘンゼルとグレーテルを知っているかい?」
「ああ、どうして貴方はグレーテルなの? って奴ですか、それはロミオとジュリエットですが」
「彼らは持っていたパンを千切って、帰り道を残しておいたのだ」
「後のショクパンマンです」
「というわけで僕らも持物を───」
「ダメです。掃除のヒトをノイローゼにして殺すつもりですか?」
「と言うと思ってね、」
「言うと思うなら言わないでください。痛い目みせましょうか?」
「もう、さっきから捨ててるんだ」
「痛い目みせましょう」
「今にゴールできるよ」
「まさか、ギブアップボタンを捨てたなんてこと、ないですよね?」
「まさか」相模はポケットを探る。「まさか?」
 ポカッと、えりなは、初めて人を本気で叩いた。

***
「ああ、これは奇遇ですね」
 と、僕とメガは二人に姿を見せる。
「なに、この凄いタイミングで出てくるのって。どう見ても跡をつけてたんでしょう!」
 僕らは、澄香先輩が出口を見つけたと言った瞬間に現れたのだ。無理もない。
「いや、僕らはたまたまここに現れただけで───」
「すみません。つけてました」とメガ。
「まあ、知ってたけど」とありか。
「後ろで、ブツブツうるさったよね」と澄香先輩。
「本当の偶然とは、俄かに信じられないものなのかもしれない」
「ところで、何しに来たのよ?」
「ああ、そのことなんだけどね。実は、楓先輩からの伝言で、皆に伝えておかないといけないものがあった。そして、これを知らないと絶対に、絶ぇッッ対にゴールできない、貴重で重要でお得な情報」
「わざわざ言いに来てくれたのかな?」
「そうです。わざわざ、わざわざわざわざ言いに来たのです。なにせ、不平等ですから」
「で、それ、何なのよ?」
「Lの字館はゴールではないのだが───しかし、ゴールでないのは、館の中の入口であって、それ以外はゴールになりうるということ」
「    」ありかは無言で澄香先輩の顔を見る。
「    」先輩は、無言で僕の顔を見る。
「    」僕は黙って、二人を見る。
「───それって」メガは僕を見て言う。「館の周りもゴールになりうるってことですよね?」
「そうだね」僕は言う。「よもや、館の下もゴールになる可能性がある」
 というのも、と僕は続けて言う。
「そもそも、Lの字館は回転しているから、館の下にゴールがあった場合、回転すると、ぽっかり顔を見せるわけだ」
 場がしん、とする。
 それぞれが、それぞれの頭で考える。
 銘々が、あらゆる、可能性を消去し
 やがては、各個人が共通の可能性を導き出す。
「そ、し、て」
 僕はまだ口を開ける。
「例によって、例の如く、意味があるのかないのか分からない主催者の悪戯は、なぜかLの字館で起きた」
 ここで終わらせるわけにはいけない。
 確固たる理屈を通しておかなくてはならない。
「僕らはその謎を瞬時に解決し、快刀乱麻に答えをはじき出した。それと同時に、あの館が回転していることを改めて実感させられた」
 そう。
 そもそも、あのとき、僕が挙げた仮説は、ただただLの字館が回転しているという、ただそれだけに由来している仮説だったのだ。
「僕はこう言ったんだよね、あのとき───塔で館の異変に気付いたとき、館が回転しても、ある一部だけ回転しなければ、部屋が移動する、と」
 僕はここで間を開ける。
 ちゃんと思い出してほしい。
 僕のあのとんでもない理屈を。
 型破りで白刃を踏むかのようなトリックを。
 そもそも、このために、僕は理屈を通したのだ。
「つまり、館とその部分はそもそも分離していたんだよね。それは迷路に対して不動で、けれども、館は回る」
 また、Lの字の片方の部分でもこれと同様にしておく。
 そして、同様に動かない部分をLの字が回転する軌道上にいくつか用意しておく。
「それで、館をある方向に九十度回転させると、動かない部分だけが残り、そして入れ替わり───部屋が九十度移動する」
 そして、僕が一人で館の調査をしたとき、館は九十度だけ回転していた。
 





















更に、移動した例の部屋は、立入禁止となっていた。
これが、当時における『確認』だった。
この大がかりな仕掛けは、しかし、館の中に客を一時、入れないようにすれば、怪しまれることはない。
「これは、楓先輩の伏線だったんだよ」
「伏線だった───?」
「そうだよ。これはただのおまけ。僕らがゴールできるかどうかの伏線で、材料なんだよね。結局のところ、Lの字館が回転しているという事実に着目させるためのプレパレーションなんだよ」
「えっとぉ、じゃあ───」と澄香先輩は言う。
「ええ、そうでしょう。きっと要するに、つまるところ所詮は、Lの字館に出口があるのです。間違いなく。これは安定したことですよ」
 安定した仮説と可能性。
 これは、真実と同じ扱いを受ける。
 確信したものは確かだと信じられる。
 疑う心がないなら、疑う余地はない。
「なるほどね」ありかは言う。「つまり、館に戻って、回転している間に出口が出てくるってわけね」
 そして───確かに、不平等ね、と言った。
「そうと決まれば、早く行きましょ、澄香先輩。こうなれば、館まで迷わずに行けた方が勝ちです」
「そ、そうね。行こっか」と先輩は答えて足を進める。
 先に館に戻るのは、明らかにそっちのチームの方が有利。
 重ねて、ここで僕らのチームがはぐれたら、もう戻れないのも有力な話。
 それを知ってのことか、やはり彼女達は急ぎ足で、寧ろ、駆け足で館に向かう。
 そして、僕らの横を通過して───
「───ね、」
 とありかはふと、足を止めて言う。僕に。
「どうして、それをアタシたちに言うのよ?」
 僕は黙ってそれを聞く。
「なにも、館の下に出口があるってことまで言わなくてもいいじゃない───え? あれ?」
「あ、ひょっとして───」
 つられて足を止めた先輩は、新たな可能性を考えた。
 それは百パーセント正しい可能性だ。
 けれども、それが勘である限り、それは不安定なままなのだ。
 僕は口を開いた。後ろを向いたまま。
「勘の弱点は、可能性が正解するまで不安定であり、同時に、正解だと思った瞬間に安定することだよ」
「まさか、嘘だって言うの?」
「この世はね、」
 そう言って、足を進める。
 当然、彼女達のチームとは反対側の方向。
 つまり、澄香先輩が『ここがゴールだ』と言った方に。
「この世は、理屈の固まりなんだよ」
 その場所に辿り着くと
 寧ろ、振りむいて言う。
 続きの理屈を語る。
「理屈っぽいものが本物に見える世界なんだよ、ここは。理屈がこの世を回す。この世は、そんな理屈でできた世界なんだよね。今の物理学がすべて正しいという保証はない。地動説が有力だったとき、僕らは太陽が地球を回っていると信じた。実際に矛盾がなくて、気付かないなら、あるいは、学校では太陽は回っていたかもしれない。よもや、その理屈で太陽を回していたかもしれない」
 という、お気に入りの理屈を言っておいて
 いよいよ本題に入る。
「僕は、少々理屈っぽいことを言っただけだよ。嘘じゃあない」
「『間違いなく』って言ったわ」
「言った。けれども、これは勝負で駆け引きだ。君たちが敵だからだよ。敵を騙すのは正しいこと。そして、僕が騙したわけじゃあなくて、君たちが騙されただけの話。そもそも、勘に勝つためには、こうするしかなかった」
「───どういうことです?」
「澄香先輩は百パーセント事件の謎を解くし、百パーセント出口を見つける。でも、それは正解するまで飽くまで可能性なんだよね」
 絵に描いた鏡餅は食べられない。
 絵に描かれた可能性は、所詮は可能性。
 机上の空論は、結局は、空論。
 けれども、一旦、誰かが正しい事を言うと、随分と正しく思えるものである。
「勘は、何も言われないと正しいと思うけどね、一旦、誰かに『正しそう』なことを言われると、一気に間違ったように思える。先輩は、ここが出口だと言ったが、僕が尤もらしいことを言うと、その勘を疑い、そして、僕の言う『解答』を信じ、大衆の流れに流された。そして、これは、あのLの字館にも同じことがいえる」
 三人が三人とも、僕に注目した。
 これは流石に、疑っていなかったのだろうか。
 僕は、にっと笑った。
「先輩なら、あの事件を一瞬で解いてしまう。疑問と同時に答えが思い浮かぶんだから。だ、か、ら、僕は疑問と同時に、偽りの仮説を言った」
「う、嘘だったの───?」
「正解しないように言っただけだよ。嘘じゃあない。だって、『仮説』なんだよ。仮説に嘘も本当もないよ。正解するか外れるかの二者択一」
「それで、一人で館に入って確かめたのね?」
「僕は『嘘』は言っていないよ。本当に館は九十度回転したように見え、あの部屋は、やっぱり立入禁止だった。でも、少し強引過ぎる話とは思えないかな? そもそも四角の空洞に四角の部分を回転させて入れるのは無理だ。それに、一八〇度回転させた方が合理的だよね。よってあの仮説は正しくないだろう」
「じゃあ、どうやったっていうのよ?」
「多分、澄香先輩が、勘で一番初めに思いついた仮説だと思うけど。答えは───そのまま」
「───は?」
「そのまんま。何もない。館は回転していない」
「でも、先輩。窓ガラスは割れてなかったんでしょう?」
「正確には、窓ガラスの割れた部屋は見つけられなかった。今回はね、窓ガラスの割れた部屋は外からしか観測できないという理屈なんだよ」
「意味が分からないわ」
「Tの字、なんでしょ?」と先輩は言う。
「そう。外から見えるLの字の片方の棒は、偽物なんだよ。そして、Lの字館の側面には木が植えられた庭があったでしょう? あの中に本当のLの字の直線部分がある」
つまり、外からと中からでは、館が九十度回転したように見えるのである。
 そして
「偽物のLの字の窓ガラスが割れたんだよ。だから、中からでは、窓ガラスの割れた部屋は見つけられなかったんだよね」









 ややこしい話ではあるけれど、そう考えるのが一番、現実的。
 『正しそう』な仮説である。
「まあ、こういう理屈だとしても、館が回転していることを前提にしないと成り立たない」
 僕は続ける。
「そもそも、これは先輩を騙せるかどうかの実験であり、また、いずれにせよ、この事件は館が回転していることへの伏線であると考えたい」
「あの、楓先輩の言い忘れてた伝言も嘘なのね?」
「あれは作り話。嘘じゃないよ。だいたい忘れた伝言は忘れてるんだから、あったのか、なかったのか分らないし」
「それを、嘘って言うのよ」
「それで、出口ってのはどこなんです?」
「ああ、それはね」
 僕は壁を強く叩く。
 壁が凹み、そして、扉の形をした穴が出てきた。
「ずるいよね、こんなの。ゴールできた人がいないのも当然だよ。文字通り迷うのを楽しむゲームらしいね。こんな迷路、ゴールできるとしたら、澄香先輩くらいだよ」
 論理や過程を飛躍する
 とんでもない勘の持ち主でもない限り
 こんなもの、見つけられるはずがなかった。
 時に鋭い勘は、疑問にはすぐに終止符を打ち
 手掛かりの意識しきれないものを見つけ出す
 ただ、それは
少しでも絵に描かれた可能性を見ると消え
その絵に描かれたものが真実に見えてしまう。
過程を知らず、論理を知らない者は、そういうもの。
自分の仮説を守り抜き、戦える人間は
理屈に生きている人間だけなのだ。

***
「きっと、これが出口じゃないかな?」
「ああ、とっくに五時間経ってるよッ! 誰か助けてぇッ!」
「出口だよ、これ」
「だ、か、ら、それは『関係者以外立ち入り禁止』ってあるじゃないですかッ!」
「僕らはもう関係者だ」
「仕方ありません、ここで事情を話しましょう」
 案外、迷路から脱出するのは簡単だったりもした。
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【2008/04/02 04:11】 | 理屈通しシリーズ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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